lost in blue

雑記、あるいは自意識をこじらせた若者の末路

立ち止まっていたあの夜

もう一つのブログに書くのも憚られるような醜い文言をフィルターで遮断せず、少しでも精神状態の変化を促そうというので、こちらに書くことにする。けれども全く見てもらえないのは寂しいので、向こうには隠しリンクでも貼って、古いインターネットでもしようかしら。

ここは自由な空間であり、いかなる文法的制約、倫理的制約もない。今ここで語る自分は自分とは全く関係ない。本来どこでもこれであれたらいいのだろうか。

 

わからないが今自分は追い詰められている。明文化することでそういう認識へ傾いてしまうのかもしれないが、つらいものはつらい。

またこれもいつかと同じように、夕飯を食べた、そこに存在しているのもままならないような気持ちで。少しでもやわらげようと歩いて帰る。

 

リサイクルショップ。いつかハードオフでバイトしようかななどと考えていたことがあった。やっていたらよかったかもしれない。

いくらでも楽しくなるかもしれないことがあったはずなのに、何もやらなかった。

考え方が狂っているんだよ。現実に対する像の結び方が正常ではない。

 

このブログのわずかな過去記事を読み返してみると、今とは全く逆の用途でつくられたものだということがわかった。

 

酒を飲んで心を軽くしてどうにか自分を保っている。でもそれにも限界があって、所詮素朴な思考ではどうにもならない壁がある。正直そんなものは超えたくもない。

理由を探すことだけが理由だと確信していたとしても、そんなものは何にも役に立たない。理由をでっち上げるしかない。

 

すっかり呪われてしまっていることも、追い詰められている直接的な原因だ。理由がどうこうというのも、まともなことを言わなければいけないという呪いからだ。この前の火曜日にも、少し苦手かもしれないという相手に会って、怪我しないようにと身構えたものの、あっさり呪いだけかけられて終わった。向こうからしたら勝手に呪われているだけなので申し訳ないが、申し訳ないなんて思えない。

同じように呪いのかかったフィルターで他人を評価して、自分の場合は口には出さないものの、自分にダメージがかかっている。どうしようもないな。

 

しんどいよ。自分を安置しようと考えることは当然じゃないだろうか。そうだ、そのために、呪われる可能性もあるのにいろいろなところへ行っているんじゃないか。今そんな場所が本当にないことを悟りつつある。

 

何も解決しなかった。また書く。